| 文鳥の生まれ故郷は、遠くマレー半島やインドネシアの国々です。これらの国々には野生の黒文鳥(桜文鳥)がたくさん住んでいます。わが国には江戸時代に中国を経て飛来し、武家屋敷で多く愛好飼育されていました。元治元年頃(1865年)尾張藩の武家屋敷に女中奉公をしていた「八重女」という人が、又八地区の大島新四郎方に嫁入りした当時、日頃飼育の世話をしてきた桜文鳥を土産にもらって持参したのが弥富市で文鳥飼育を始めた由来です。 | ![]() 【白文鳥発祥地の記念碑】 |
| 又八地区を中心に近隣の人々の間にも文鳥飼育が農家の副業として盛んになりましたが、明治初年になって突然変異により「白文鳥」が誕生し、これを飼育改良の結果、現在のように日本唯一の白文鳥の特産地にまで発展し、趣味と実益を兼ねた文鳥飼育が盛んになりました。 | ![]() 【電話ボックスの白文鳥のモニュメント】 |
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全身が純白で、くちばしと眼環が紅色、脚は淡紅色でその美しさは飼い鳥の中でも他に類をみません。 |
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羽色は、腹部は淡いぶどう色、頭部や尾羽は黒く、ほおに白い斑点があり、背、胸はそう灰色、くちばしと脚は淡い赤色であるが、個体により色の濃淡、白斑の混じり具合に差がみられます。
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弥富文鳥組合の解散のお知らせ
「日本一の特産」「発祥の地」として親しまれてきた弥富の文鳥も、近年の経済情勢から生産量、出荷量とも激減しており、重ねて生産者の高齢化、後継者不足もあり、日本一の産地として弥富の名声を支えてきた弥富文鳥組合は平成21年8月1日をもって解散しました。
文鳥展示について
| 現在、間崎公園(間崎町八ノ割 42-6)にて飼育、展示を行っております。 愛らしい姿を間近でご覧いただけます。ぜひお越しください。 |
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